旅人の旅日記

バイク・青春18きっぷの旅諸々の旅の記録

山形旅 鶴岡 注蓮 即身仏

真夏に山寺の即身仏に会いたくて月山に向かった。本当は湯殿山総本寺瀧水寺大日坊に行く予定だったが、道を間違えて注蓮寺に至った、此れも何かの縁、注蓮寺の「鉄門海上人」に呼ばれたか?鉄門海上人の即身仏は寺の中の大広間の片隅にひっそりとそこにあった、そこにいらっしゃったというよりも物体としてあったという感じだった。近づいて拝ませていただくと、かつては肌だったものが長い年月に薫じられて飴色に輝いていた。ネットでは即身仏をミイラと同じに扱っている事が多いけど、即身仏は自らの意思でなるもので、ミイラは死後他の人によって作られるもので2つは、似て非なるもの。自ら即身仏に成る過程での苦しさは私の想像を遥かに超えるものだろう、閉所恐怖症の私なら尚更。即身仏は単なる物体ではないし、もちろんもう人でもない、見た目木で作られたようにも見えたし、夜人が寝静まったら動き出すと言われたらそうなんだと思ってしまう。神は有り、仏には成ると何かの本で読んだが、やっぱり仏に成ったんだと思う。鉄門海上人の即身仏は全く苦しんだ様子も無いので気負ってお参りする事もない、そういう意味では、現在生きている我々に近い仏様なんだと思う、苦しみを全身で現している即身仏もいるのだろうけど、穏やかな即身仏を拝みたい。注蓮寺自体は私が訪ねた頃は、山形の厳しい風雪に晒されて、かなり荒れているように見えた。注蓮寺の天井には、伝統的な日本画の他にも現代的な絵画が描かれているし、庭には小説「月山」の作者森淳の石碑も有る。注蓮寺では押し付けがましい説明なんか無いし、自由に色々見る事ができるのが良かった。