旅人の旅日記

バイク・青春18きっぷの旅諸々の旅の記録

春はイルカと芸術鑑賞 後編

経ヶ岬を後に、知人の開催している個展を見る為に京都府網野町木津に有る「丹後の地酒屋 松栄屋」に向かった。今、偽装高級蟹で話題の間人の手前の道を左に折れて網野町に向かった。前から思っていたのだが、何故間人の松葉蟹だけ群を抜いて高いのか?絡繰が分かった、だいたい蟹の漁場は間人だろうが舞鶴だろうがそんなに変わら無いだろ。一応舞鶴蟹もブランドだが、間人蟹は舞鶴蟹プラス2万くらい?コッペ蟹ファンなのであまり興味も無いのだが。今年の蟹シーズン間人蟹はどうなるんだろう?知人の名前は「天白松嵐」という。大学は文系の学部を卒業して、仕事は着物・西陣織の絵師という変わり種。前に、絵の勉強はした事有るのか尋ねたら、一切やった事は無いとの返事。今回の個展は仕事の延長にあるのだろう、極薄い正絹に筆で浮世絵を描き、その陰影を浮世絵と少し空間を取って貼られた金箔に映すという方法で独自の世界観を表していた。この方法は特許取った方がいいのではと伝えたら、もう既に特許取得済みとの事。中々しっかりしている。彼は浮世絵の他に、エジプトのヒエログリフを用いた絵画も描いている。ヒエログリフを用いた絵画を描いているのは世界でただ1人、天白さんだけなので有る。考えつく事が面白く、またそれを芸術の域まで完成させる。天白さんとは中々面白い人なのである。今回の個展にもヒエログリフで描かれた玉を持った龍神の絵が何作か有った。ヒエログリフ古代エジプト象形文字で有るので各々龍神の持っている玉には自ずと意味がある。天白さんから玉のヒエログリフの意味を教えてもらったが忘れてしまった。ヒエログリフの玉を持った龍神の絵はとても素敵だったので欲しいと思ったが高そうなので、天白さんには値段も聞いていない。前に私達、天白さんの仲間達の名前をヒエログリフで描いてもらった事がある。人のやらない事をやる、思っても中々出来る事では無い。京都の東本願寺ヒエログリフの絵画の個展をやりたいと言う、多分そのうちいつかやってしまう様な気がする。その時は馳せ参じたい。この天白さん、私の知人で唯一ウィキペディアに記載の有る人だ。益々頑張ってほしい、仕事もやりながら浮世絵師・ヒエログリフ師もやる、今後も頑張って、の応援を兼ねた差し入れを渡して帰路に着いた。余談だが、コロナに罹ってしまった。症状が軽くなってきたので風呂に入って髭を剃り、本来なら柑橘系の香りのするアフターシェーブローションを使った時、何の香り・匂いも感じなかった。この時は非常に驚いてしまった。幸い味は感じることは出来た。5日ほどで楽にはなったけど、喉の違和感はずっと続いている。

春はイルカと芸術鑑賞 前編

2024年3月30日(土)知り合いが、京都府網野町木津温泉近くの「丹後の地酒屋 松栄屋」の2階で「浮世絵美人画&龍神画」の個展を開催するというので、土産を持って冷やかしがてら見に行った。この日は良い天気、2024年度BMW K1200Sの初乗りと洒落込むことにした。真っ直ぐ網野町まで行くのは芸が無い。丹後半島先端の経ヶ岬の隼の勇姿を見てから画伯の個展に行く事にした。12月からBMWには乗っていない。車検を受けてからほぼ初めて乗る。この車検で、次の車検はこのバイクはもう無理かも、とバイク屋の大将のお言葉。東京でこのバイクを買ってからもう10年以上時間が経っている。北は下北半島の大間崎、南は紀伊半島の串本、西は広島県大竹市まで旅の相棒として付き合ってきた。2年後さよならするまでまた色々な所へ一緒に行きたいと思う。久しぶりに愛車に乗るのでついついアクセルを開けてしまう。バイク同様、私の身体もガタガタだ。もう1年以上60肩と付き合っている。時々私のエンジンも期外収縮を起こし、エンストしそうになる。さて、久しぶりに隼の勇姿を求めて、丹後半島の先端、経ヶ岬を目指す。隼は行けば大抵その姿を見せてくれる。途中、与謝野町の「和洋菓子 おくだ」で画伯への土産の和菓子を買った。与謝野町から籠神社の前を通って、丹後半島の南から経ヶ岬を目指すことになる。バイクの調子が良い、まだまだ走れる気もする。経ヶ岬灯台の方へ。国道から少し灯台の方に入ったところで日本猿の集団に出迎えられる、ざっと見て、20匹ほどの集団、咲き始めた桜の蕾を盛んに食べていた。小さな猿はやっぱり可愛い。駐車場に着くと何時ものメンバーが、1本で私のバイクと同じくらいの値段のレンズで隼を狙っていた。しかし、みんな空ではなく海の方にレンズを向けていた。沢山の観光客も海の方を指差したり、携帯のカメラで撮影していた。イルカの大きな群れが集まったり、ジャンプしたりしていた、集団で漁でもしているのか?イカでも狙っているのか?岸からこんな沢山のイルカを見るのは初めて。100万円以上のレンズで撮影している人に、隼は姿を見せたか聞いてみるが、1羽の隼が少し姿を見せただけで今日はイルカの撮影日だ、と笑っていた。雌の隼は卵を抱いてるのか?私もしばらくジャンプするイルカ達の姿を見ていた。隼が姿を現さないのでバイクの方に歩いていると、前方の桜の木に実物は今まで見たことのない鳥が飛んできた、写真では見た事の有る「ヤツガシラ」と言う鳥。カメラマンさんに、あっちの桜の木にヤツガシラがいる事を伝えてあげると、何人かのカメラマンさんたちが移動しようとしたその時、ヤツガシラが明るい黄土色の身体を光らせ飛び立って行った。隼は見れなかったけど、初ヤツガシラ、初岸からのイルカの大群、日本猿の群れ、ジョウビタキのつがい、相変わらず雌が愛嬌たっぷり、大歓迎の野生動物達に感謝感謝。国道に出る時にはもう日本猿の集団は移動して、見当たらなかった。

 

お土産 与謝野町 和洋菓子 おくだ 営業中

鳥取市喫茶ベニ屋で念願のカツカレーを食す

12月8日(金)二日酔いで目覚めた。6時30分に朝食をお願いしてあった。朝食の後に女将さんが抹茶を点ててくれた。抹茶の嗜み方のご指導も。この日の宿 旅館 寺津屋は、宿泊代・ビール代・日本酒代・ウーロン茶代込みで12,570円だった。天気は晴れ、暖かい。松江発7時20分の電車に乗った。暖かいとはいえ、車窓から見る景色は霜で真っ白。松江駅から2つ目の駅「揖屋駅」を過ぎて間もなく右手に「黄泉の比良坂」が有った。前にこの辺りを電車で通過した時チラッと見え気になっていたが、この旅の少し前、NHKのテレビ番組「島根・黄泉の比良坂 あの世との境界で ドキュメント72月間」というのを見てだいたいの場所の見当はつけていた。2024年訪ねたい場所のリストに入れておく。太陽が昇るにつれ、辺りの景色が靄ってきた、車窓には水墨画の世界が広がった。大山が見えてきた。大山は山全体の形としては大変歪な形だ。太古、大山の火山活動が活発な頃、山の半分が噴火で吹っ飛んだ様な形に見える。日本海側に眼をやると、なんと穏やかな日本海、岸の近くで小さな舟がかたまって漁をしていた、何を獲っているのだろう?由良駅から見えた大山は、すっかり靄も晴れ、雲ひとつ無い青空に、頂きを雪化粧して聳えていた。鳥取駅に着いた、次の電車まで2時間ほど時間がある。鳥取駅近くに、「ベニ屋」という喫茶店があり、カツカレーがとても有名な事を知っていた。という事で、昼ご飯はベニ屋のカツカレーに。カレーに使う出汁が違うのか?カツカレーのカツも食べやすい厚さで脂っこくも無く美味かった。もう一杯行けそうな感じ。カツカレーに使うカツは、あくまで主役はカレーで、カツは脇役なのでこれ以上薄いと悲しく感じるギリギリの厚さが旨いのだと思った。値段は900円、値段も1,000円を超える事なく控えめなのも良い。後から入って来た女性の2人連れもカツカレーを頼んでいた。ベニ屋から鳥取駅の方に戻ると、鳥取県の物産店「鳥取市観光コンベンション協会」が有った、ここでこの旅2個目の蕎麦猪口を買った。まだ時間があったので、鳥取駅前の商店街を端から端まで歩いた。駅前にアーケード街があったので、そこもブラブラ。このアーケード街で、鳥取在住の作家さんの作品を展示販売している「ギャラリー ショップ SORA」を見つけ、入ってみた。色々な作家さんの作品が有る、陶磁器の作家さんの作品もいくつか有り、またしても、ここでこの旅3個目の蕎麦猪口を買ってしまった。旅から戻って、早速蕎麦を打ち、蕎麦猪口を使ってみた。3個の蕎麦猪口はそれぞれ特徴が違うので使用感も違い使っても、見ても楽しい。備前焼きの蕎麦猪口他の2つの蕎麦猪口よりもひと回り大きいので、日本酒・焼酎を飲む時にも使っている。

 

宿 松江 旅館 寺津屋  営業中

カツカレー 鳥取市  ベニ屋  営業中

土産 鳥取市観光コンベンション協会

                営業中

鳥取市 ギャラリー ショップ SORA  

                                                       営業中

神無月、神々の集まる神社参拝を誓う

続き 大田市駅からは雌三瓶・雄三瓶の夫婦山、三瓶山が青空を背にどっしりと存在感を出していた。三瓶山には、娘が未だ小学生の頃、何も計画もせずドライブついでに登って酷い目にあった。飲料水も持たずに登ったので2人とも干涸びる寸前だった。山頂でカップ麺を食べている登山者がいたがとても美味そうだった。大田市にはお勧めの温泉がある、宿泊も日帰りも大丈夫。但し日帰りは時間制限がある、2時間だったと思う。小屋原温泉熊谷旅館。お湯が素晴らしい、炭酸泉で、入ると身体中に気泡が付く、飲める温泉なので飲んでみると少し鉄臭い出汁味がする。利尿作用も有る。宍道駅手前の田圃で白鳥の群れを見つけた。今年も白鳥に会えた。本日の宿泊地である松江に到着、遅めの昼飯を松江駅内にある「たたら屋」という駅蕎麦屋でいただいた。「地のり蕎麦」960円を食べた、十六島海苔と書いて「うっぷるいのり」と呼ばれる超高級海苔の蕎麦かと思ったが、そうではなかった、十六島海苔を使った蕎麦なら2,000円はするだろう、多分。松江に電車で来るのは初めて、もちろん、電車で松江駅を通過した事は何度もある。先ずは、松江駅に併設されている土産物屋を物色、酒のつまみに「スズキの燻製」を買った。駅横の「一畑百貨店」で閉店セールをやっていたので、島根県の陶磁器で蕎麦猪口でもないかと探したけど、島根県で作られている陶磁器は売ってなかった。後日、ニュースで、一畑百貨店が2024年1月14日にその65年の歴史に終止符を打った事を知った。駅前にある観光案内で本日宿泊する宿の場所を確認して、近くに陶磁器を作っている窯元は無いか尋ねた。運良く、宿の近くに「袖師窯 そでしがま」という窯元が有る事がわかった。とりあえず宿に行って荷物を置いて袖師窯に行ってみる事にした、宿と袖師窯の間に「島根県立美術館」が有った、袖師窯が休みなら美術館に行けば良いか、と。案の定、袖師窯は休み、残念。島根県立美術館では、観たかった「日本伝統工芸展」が開催されていた、これはラッキー。陶磁器・金物細工・木工細工・着物などなど展示されていた。どうやって作ったのか?どうやってこんな色を創り出したか?想像もつかない作品だらけでとても興味深かった。陶磁器で京丹後市の浅田尚道・浅田浩道親子?の作品の色に驚いた、赤色・緋色・朱色などなど。美術館は宍道湖に面していて、そこから宍道湖に沈む夕日と岸辺の鴨達が一服の絵のように見えた。美術館の庭は美術館に入らなくても散歩が出来る、沢山の地元の人が散歩がてら沈む夕日を静かに見ていた。宿に戻る途中、「白湯天満宮」って言う神社があったので参拝した、末社にお稲荷様があったので、丁寧にお参りさせていただいた。宿に入ると、本日も客は私1人。先ずは風呂にゆったり入り、旅の疲れを癒し、冷えた身体を温める。部屋の前が川になっていて、そこに居着いてしまったという白鳥のつがいを見る事が出来た。年中いるらしい。晩御飯は18時30分から、今夜のメニューは、「茹で蟹の足・牛肉の蒸し焼き・茶碗蒸し・サーモンと鰤の刺身・デザートは柿とりんご」いただいた日本酒は、松江の地酒「豊の秋」、冷やと燗で飲んだ。非常にあっさり、スッキリした酒でスイスイ飲めた、予定より1合多い、4合飲んでしまった。晩御飯を食べ乍ら宿の女将さんと話し込み、途中女将さんの粋なお父上も加わって話し込み、晩御飯が終わったのが22時過ぎ。酔っていたので何を話したのかあまり覚えていない。1つ覚えているのが、旧暦の神無月に日本全国の神様が集まる神社が「万九千神社 まんくせんじんじゃ」というらしく、近くに神社が有るという。2024年には万九千神社に行きます。と女将さんとお父上に宣言したこと。万九千神社の新聞案内を貰った。あっという間の3時間30分だった。

 

駅蕎麦 たたら屋  営業中

観光  島根県立美術館

神社  白湯天満宮

津和野から松江に向かう 浜田駅周辺

12月7日(木)朝5時に目覚めた。この日の朝食は、鯵の開きの焼き物、ひじきと竹輪の煮物、サラダ、ベーコンエッグ、青菜と大根おろし、ご飯に味噌汁。昨日の晩御飯もしっかり食べてお腹一杯だったのに、朝食もご飯のおかわりまでして綺麗に平らげた。7時30分に津和野駅まで宿の車で送ってもらった。運転手は宿のご主人。宿の料理はご主人が作られているのか尋ねたら、そうです、との返事。なんとなく料理人の作った料理だった気がした。ご主人もバイクに乗っている、今はヤマハの大型スクーターT -MAX560ccに乗っているとの事。次はバイクで来なよ、と言われた。チャンスがあれば又、今度はバイクで行きたい。宿代は飲み物、ビール大瓶1本、日本酒3合込みで、10050円。料理も美味しい、凄く得をした感じ。雨は上がって曇り、昨晩は雷と雨音で眠れず、私の頭の中では、泉谷しげるさんの「眠れない夜」がエンドレスでながれている。津和野駅を益田駅に向かって暫く走るとお茶畑が広がっていた、津和野辺りが茶処とは知らなかった。川筋を飛ぶ、白っぽいヤマセミぐらいの大きさの鳥を見た。青原駅を過ぎた辺りから晴れて来た。電車が匹見川を渡った。広島に住んでいた頃、バイクツーリングや家族とのドライブでよく匹見峡に出かけた。匹見峡温泉にもよく入った。そう言えば、匹見峡でモリアオガエルの卵を見つけ家で孵化させた事もあったなぁ。益田駅を過ぎた辺りから日本海が見えてきた、この日の日本海は正に冬の日本海の様相を呈していた、冬の日本海は荒れていないと様にならない。浜田駅で乗り換えの時間があったので駅の外に出てみた。駅前に「神楽時計」は有るがそれ以外何も無い、人もいない。とりあえず、駅前通りを駅と反対側に向かって歩き始めた。「キヌや プリル店」というスーパーがあったので土産物でもないかと入ってみた。流石というか当たり前というか、魚が新鮮で安い、大きなアンコウ鍋セットが1,500円で売っていた、美味そう。浜田の地酒を土産に買った。小さいやつ。駅に戻る途中、小高い丘に登れる道を見つけたので登ってみた、駅周辺が一望出来た。1番目立つ建造物は「浜田医療センター」旧国立浜田病院が浜田駅横に移転して、新しく、大きくなっていた、駅とも直結だ、雨や雪の多い山陰の浜田、患者さんも助かるだろう。旧国立浜田病院にはツーリング中に濡れたカーブのトンネルで転んで救急車で運ばれたことがある。駅に戻ったが、昼飯にはまだ時間がある、NHK火野正平さんのこころ旅で火野正平さん、スタッフさん達が昼ご飯を食べた「さかね食堂」も閉まっていた。広島から家族でよく行った浜田の「すし蔵 浜田本店」も浜田駅から500メートルの所にあった。小学生だった娘が「さび抜きの鯛 塩で下さい」など生意気な事を言っていたのを思い出した。バイクで転んで旧国立浜田病院に嫁と娘に迎えに来てもらった時もすし蔵 浜田本店で暗い晩御飯を食べたのも思い出した。

 

宿 津和野 わかさぎの宿 営業中

津和野、わかさぎの宿大満足。あと不思議な話し

続き 宿に戻ってきた。平日のせいか、泊客はどうも私1人のよう。晩御飯前に先ずはひとっ風呂、昼に湯田温泉で温泉に入ったからもういいかとも思ったけど、少し冷えた身体を温める為に入ることにした。最初は身体が冷えていたので熱さを我慢して入ったけど、慣れてくると良い気持ち。良い汗も出てきた。風呂あがりにはやっぱりビール。生ビールが有れば良かったのだが、アサヒスーパードライの中瓶を頼んだ。ちょっとした山登りと風呂あがりで美味いビールだった。ひと休みして、18時から晩御飯に。メニューは、マグロの切り落としの刺身、里芋の煮物、これには柚子の香りが仄かにしていた。メインは酒粕の鍋。この鍋にマグロの刺身2切れを投入。酒は大好きなのだが、酒粕は今ひとつ、奈良漬もあまり好きではないが、この酒粕鍋一度家でやっても良いかと思った。後、名古屋人もびっくりの巨大な海老フライが2匹、野菜とマカロニのサラダ、カレイ・エテガレイか?の焼き物、ご飯、このご飯は津和野産の新米との事だった。吸い物、香の物。この時呑んだ日本酒は、津和野の地酒「華泉」。常温と熱燗で比べてみた。私の好みは常温だった。晩御飯は、量も味も大満足だった。

旅を終えて家に帰った後、集落の人と話をしていたら、山形の山寺の話になった。この方の妹さんが山形に住んでいるので一度山寺に連れて行ってもらったという事だった。しかし、この方霊感が有るのか憑依されやすいのか、山寺を少し登ったところで酷く気分が悪くなり、何かに憑かれたと感じ直ぐに下山し、お土産屋さんで塩を見つけたのでそれを購入して、頭の先から足の先まで振りかけたら気分の悪さが収まったということだった。私も山寺は何度か登っているけどそんな事を感じたことは一度も無い。そもそも私には霊感らしき物は全く無い。しかし、山寺を降りた土産物屋にお清めの塩か食卓塩かわからないけど売っているのは同じように何物かに憑依される人がいるのかしら?などと思ってしまう。本当に山寺でそんな事有るのか気になったのでネットで調べてみると、結構不思議な話が有った。その中の話に、カップルで山寺に登ったら、霊感の有る彼女が後ろから霊が何体も登って来るのが見え、結構急な階段・坂道を登っているのに何故か楽に登れたのは、その霊感の有る彼女が言うには、霊と一緒に登っている時は、とても楽に登れるんです、というのがあった。今回、山の上の神社に思いの外、非常に楽に登れたのだが、最初は夏の間のバイトで急な足場の悪い坂道を何度も登り降りして足が鍛えられたのかと思っていたが、もしかしたら、この世の物でない物と一緒に登ったからなのだろうか?とも思った。その夜中雷の轟音と雨の音で何度か目が覚めた。

 

日本酒 津和野 華泉

津和野で高校生カップルに道を聞き、太鼓谷稲荷神社で懺悔する

続き 津和野駅から宿まで1.3キロ、ぶらぶら宿の方に歩いていると赤い鳥居の山の上の神社が近づいてきた。参道と思われる入り口の鳥居も見えて来た。本日泊まる「わかさぎの宿」に入って、女将さんに、荷物を置いて直ぐに山の上の神社に行きたいと伝えた。神社迄の道を女将さんに教えて貰い出発したけど、途中不安になり、前から歩いて来た高校生カップルに再度、神社までの道を尋ねた。可愛らしい彼女の方が親切に道を教えてくれた。彼氏といえば、不審なオヤジを見るような目で少し離れた所から私を観察していた。カップルにはキチンとお礼を伝えて神社を目指した。孫というには少し大きいけど、可愛らしいカップルだった。案ずること無く、まっすぐ道を行けばよかった。坂道が結構キツイ、しんどそうやなぁと思ったが行ってみると割とスイスイ行けた。神社は「太鼓谷稲荷神社」という神社だった。ん〜、お稲荷さんを祀った神社か。私はここ数年お稲荷さんを祀った神社に行った事がない、お稲荷さんに不義理をしてしまっていた。というのも、何年か前に娘が持っていた京都の伏見稲荷のお札を部屋掃除の時にゴミ箱に捨ててしまっていた。その事を娘に謝ったら、娘の霊感の有る友人が、伏見稲荷の神さまと不仲の神さまが私に邪魔になる伏見稲荷のお札を捨てさせたとのたまった。よく神社に行くので色々な神社のお守りやら、お札も有る。そうなのだ、普通なら神社のお札をゴミ箱になど捨てない。そんな事も有るのか?と半信半疑ではあった。そんなこんなで、それ以来お稲荷さんには行っていない、少し怖い気もしていた。しかし、これもご縁と、キチンとお稲荷さんにお詫びして、再びお稲荷さんもお参りさせていただくようにお願いすべく坂道を登った。山の上からは津和野の町が一望出来た。神社に着くと参拝用の「油揚げとローソク」が200円で売られていた、手ぶらでお詫びは出来ない、当然購入した。近くにいた神社の方に油揚げとローソクをどこにお供えしたらいいか尋ねたら、4か所お供えする場所がありその場所のどこでもいいと教えてくれた。やっぱり、お供えするなら本殿やろ、と本殿にお供えすることにした。本殿に油揚げとローソクをお供えし、お稲荷さんのお札を捨ててしまった事をお詫びし、再びお稲荷さんをお参りさせていただく旨をお伝えした。これで良し、と本殿をあとにしょうと思ったら、本殿の裏にもお参りする場所を見つけたので行ってみた。そこには狛犬ならぬ狛狐が何体か鎮座しており此方を凄く怖い顔で睨んでいるように見えた、未だ怒ってらっしゃる?ここでもお札をゴミ箱に捨ててしまった事を丁寧にお詫びして、又再びお稲荷さんをお参りさせて頂きますとお伝えした。怖。その後更に2か所の参拝場でお参りして、4ヵ所全てでお参りする事が出来た。帰りは来た道と違う道、朱い沢山の鳥居をくぐって山を降りた。私の謝罪はちゃんとお稲荷さんに伝わったのだろうか?帰路につく津和野高校の生徒さん達に混じって宿に帰った。

 

神社 津和野 太鼓谷稲荷神社